当協会顧問の荘厳舜哉先生のひとりごと・・・

機知に富んだ楽しい話題がいっぱいです。


霧立ちぬ

 28日に飯田高原の別荘を閉め、迎えの車で帰宅しました。高原でも毎朝、京都同様にTシャツ一枚で約2時間の散歩をしますが、この季節、天竜川の川霧が辺り一面を包み込む光景がほぼ毎日見られ、20m先が見えないほど濃くなったり、かと思うと急に薄くなったりでその変化は「いとおかし」。

 飯田は南アルプスの赤石岳や聖岳に面していますが、当然この季節の山は雪をかぶっています。夏には黒かった南アルプスが白に変わると、いよいよ冬が来るなと、何かこう身が引き締まるものがあります。唯物論的にはただ単に山に雪が降っただけなのですが、夏が嫌いで寒いの大好き人間の私は冬の予兆にある種の緊張感、もっと言えば意気軒昂な高揚感を感じるのです。ですから11月に分厚いコートやマフラーで身体を包んでいる人を見ると、気の毒になぁと思ってしまいます。ワハハハハ。

 それはそうと別荘を閉める際には庭の落ち葉をある程度、燃やしてしまわねばなりません。春は4月に開けるのですが、いくら冬場いないとはいえお隣さんも裏も定住の方々ですし、南信では南アルプスのように雪がすべてをおおい隠してしまうとはいきません。散歩の時に踏み歩く枯れ葉のカーペットは美しく、カサコソという踏み音は心地よいものですが、道路から家の玄関までの長いアプローチ(14段)に落ち葉が積もっていると、これが醜いのです。出入りする私が踏みつけて濡れ落ち葉状態になっているからでしょうか。

 今年は雨が降っていた23日の水曜日に来ましたし、26日土曜日も雨予報でした。ですので落ち葉を燃やす日は金曜日に限定されてしまいました。日差しは木曜と金曜の午前しかなく、程よく乾いた状態とは言い難い条件で濡れ落ち葉を燃やさなければならないのです。これにはテクニックが必要です。

 私は子どもの頃の家事手伝いとして、風呂沸かしを担当していました。火をたくとき、最大の火力を引き出すためには薪の間に空気を入れてやることが必要です。濡れ落ち葉を燃やす時も同じことで、まずは落ち葉の下に太めの枯れ木の枝をいれて空気の通り道を確保することが必要です。でも木はすぐに燃えてしまい落ち葉だけになってしまいますので、落ち葉の山に常に空気を補給してやるために火箸で空気を入れてやらねばなりません。こうしてくすぶり燃やしながら別の落ち葉も集めなくてはなりませんので兼ね合いが難しく、朝9時半からの作業開始で終わったのは午後2時半でした。これだけの時間を使って片付いたのは玄関へのアプローチ部分のみ。さほど濡れ落ち葉は厄介なのです。

 この濡れ落ち葉の厄介さを揶揄する言葉があります。1989年の流行語大賞、「濡れ落ち葉症候群」あるいは「濡れ落ち葉族」です。これは、会社人間の亭主が定年退職後、趣味もないのですることもなく、おまけに友だちもいないものだから奥方にべったりついて歩いて迷惑がられている様を現しています。男性は女性に比較して社会性が欠けていることも多く、この言葉につながったのでしょう。

 私? いいえ、私は原稿書きや講義の準備、友人とのメールのやりとりなどすることが一杯ありますし、トラ姫様のお世話や飯田にでかければ炊事・洗濯はもちろん、買いものや庭仕事などで大忙し。ですからどちらかと言えばこれも1986年流行語大賞の「亭主元気で留守がいい」の部類だろうと、自分では思っています。家にいるときのお昼担当は私ですしね。

 このように料理は出来るのですが、部屋の片づけができません。今も机の上にはメモを走り書きした紙やレジ用紙などが6枚、トラの毛をすくブラシ、少ない頭髪をすく私の櫛1つ、朱肉1個、手紙1通、養老さんの「ネコも老人も役立たずでけっこう」1冊、水道使用量のお知らせ、電卓、爪楊枝が3本、Zoom用のマイク1本、USBが2本、ボールペンが4本、鋏が1つ、なぜか花の苗に差し込まれている説明カードが1つとまぁ、雑然としたものが散乱しています。右横の書棚には書き切れないほど色んな物が散乱。

 どうしてですかねぇ、庭仕事は出来るのに、掃除はともかく部屋の片づけができないのは。トラ姫様がニャンともおっしゃらないからかなぁ。という訳で今回のブログタイトルは堀辰雄の、愛する人を見送る純愛小説「風立ちぬ」をもじって「霧立ちぬ」とし、きれいにまとめるはずが、「タンスにゴン」の愕然和尚の手にかかるとジタバタ物語になってしまいました。わしゃぁ、虫か?

(11月29日)


我が家の秋の風物詩

 京都もやっと、朝晩の気温が10度前後となり、私の好きな季節になりつつあります。ということで、先々週から我が家の軒先には、握りこぶし大の江戸柿が80個ぶら下がりました。日中の温度は高かったですが晴れの日が続いて順調に乾燥が進行し、昨日味見をしてみましたがうまく出来上がりつつあります。いつものことですが干し柿がぶら下がると、秋も深まったなぁと思います。

 干し柿作りも80個となるとなかなかの手間です。手順はこうです。まず柿のへたを取り除き、次にこの部分の皮を横に一包丁分むいてからお年寄り様に渡します。そうするとお年寄り様が全体の皮をむき、皿に載せます。4個たまると私がヒモでヘタ部分の芯をしばり、2個ペアを3階の庭(重量鉄骨で建てていますのでサツキを植栽した庭があるのです)に持って上がり、軒先のベンチに結わえたつり棚にぶら下げていきます。一回に4個ですから3階への階段は20回上がり下りする計算になります。結構な運動ですよ、これは。

 こうして80個全てをぶら下げようとしますと二日がかりの作業になります。皮は水気を抜くために干しておき、家庭ゴミ収集の時に出しますが、沢庵をつけるならこれは甘味をつけるために必要な素材になります。昔はこうして捨てるところなく全てを有効利用したのですね。だけど青い空を背景に、ぶら下がっている干し柿は絵になりますよ。そう言えば私の叔父は画家でしたが、柿の絵を描くのが好きでした。軒先にぶら下がる干し柿、昭和の風景ですね。

 谷内六郎という画家がいました。昭和31年から亡くなる56年まで25年間にわたり、週刊新潮の表紙を描き続けた画家です。尋常高等小学校卒ですから14歳で教育を終え、見習い工員などをしながら独学で絵を学んだ人ですが、どこか懐かしい、昭和の心象風景を描き続けた画家であったと思います。軒先に干し柿を吊す度に、谷内画伯の表紙絵を思い出すのです。

 そう言えば「家の光」という月刊誌がありました。一般社団法人家の光協会が発行している雑誌ですが、JA(農協)系の雑誌で、昔は農事に関する記事が中心だったように記憶しています。この稿を書きながら調べたら未だに(失礼!)発行され続けているようで、さすが農協と、シャッポを脱ぎました。この表現、お分かりにならない方々の方が多いと思いますが、今調べたら徳川夢声などという活動弁士の例えが出てきたりして、いやはや昭和は遠くなりにけり。

(11月20日)


深まる秋

 京都は今週もまだ20度を超える日が連日続いており、高雄の紅葉がやっと見頃になったとか。しかし、いつも言うことですが夏が暑すぎると葉っぱが枯れてしまい、3~40年前の見事な紅葉は再現されなくなりました。これは八甲田山のような東北でも同様ですし、先日訪ねた黒部もお天気が悪かったせいか、見事な紅葉という印象は受けませんでした。しかしとにかく、秋が深まっていることだけは事実です。

 11月3日より奥飛騨、黒部、上高地と“秘湯”巡りの旅をしてきました。奥飛騨は“日本秘湯を守る会”加盟宿に10回宿泊すると、泊まった宿の内で気に入った宿に一泊無料ご招待という特典の宿泊でしたが、残る2軒の宿は一泊5千円の旅行支援付きでした。二人ですから2泊で計2万円の補助金が出ましたし、平日宿泊の宿では一人3千円が、土曜宿泊は1千円が補助されました。また黒部渓谷鉄道も一人1千円の食事券に加え一人2千円のお土産券が出ましたので、合計6千円の補助金を頂きました。しかし黒部ではこの金券が当日しか使えないということで、トロッコ列車が出る30分の間に6千円(2千円は食事限定)を使わなければなりません。わずか30分しかないのに、食事限定2000円の金券及びお土産券を必ず遣ってしまわなければならないという気持ちになるとは、私も卑しい人間に落ちぶれたなぁと思いましたが、何はともあれ食堂へ!

 でまぁ、もう車を運転しなくてもいいのでポテトフライをつまみに、中ジョッキ(といっても500ミリ程度でしょう)2杯を15分程で飲み干し、ご老女様は紅茶とケーキセットのご注文。合計2,250円で実費は250円。その後売店でお酒の3合瓶2本(合計4500円で足が出た500円は自己負担)を購入しリュックに収納。トイレを済ませて窓付きのリラックス車に乗り込みました。

 当日はあいにくの雨。車窓から撮った写真は帰宅後ほぼ全て、USBから削除しましたがこれも不思議なもので、人間、カメラを持っているとついついシャッターを押してしまいます。私、常日頃はスマホのシャッターを押している人たちを見て、なにもそこまで映像に記録しなくてもと思っているのですが、自分もその人たちと変わらないなぁと後で反省。反省だけならサルでも出来るという名台詞を思い出しています。

 終点欅平から名剣温泉までは傘をさして歩き、温泉にトウチャコ。早速露天風呂で1時間半を過ごしました。私の風呂好き、お分かり頂けるかと思います。但し露天風呂が楽しめるのは外の気温が12度以下の場合に限ります。これくらいの外気温だと全身を5分程度外気にさらしますと冷たくなってきて、またお湯の中へ。しかし外気温が15度を超えると身体がなかなか冷えませんので、長湯は出来ません。という訳で今回は、丁度いい温度でお湯が楽しめました。

 翌日は上高地の入り口安房トンネルを出てすぐに上の道に(通常、鍵がかかっていて番人の人がいます)入り、10回ほど折れ曲がった急坂を上った中ノ湯に宿泊しました、ここは秘湯の宿加盟店ですが、秘湯らしさはゼロのホテル仕様で部屋は8畳トイレ付きですが、トイレの空間が狭く、壁に鼻突き合わせる状態でしたし、気になるほどではありませんが隣室のいびきも聞こえてきました。正面が穂高岳ですので登山目的ならいいかもしれませんが、温泉好きの方にはお勧めできません。

 お年寄り様のお話では、女湯は日帰り入湯の客でごった返しており、広くもない露天には降りて行く気にならなかったとか。ツイッター上では評判がいいとのことらしいのですが、私ども昭和の後期高齢者は静かに温泉に浸かるのが好きなので、お勧めはしません。長野県側に入るとトンネルだらけで走りにくい471号線ですが、奥飛騨側は見事な紅葉でした。

 という訳で、トラ姫様にはいつものネコシッターさん(旧・ゼミ学生)を頼み、久しぶりで連泊をしてきました。日曜夕方に帰宅しましたが、姫様は「ニャン」とも仰せになりませんでした。イヌは200語ほどの言葉を理解しているとのことですが、自閉症の姫様なので案外一人も気になさらないのかも知れません。と、ここは留守することに対する合理化をしておきます。荒川さん、いつも有り難うね!

(11月8日)


教育に関する忠告

 最近、「非進学校こそ日本の根幹」(日経夕刊/2022/10/12)という意見を読みました。京大人文研の藤原辰史さんの忠告です。幅広い研究・執筆活動をしていらっしゃるので肩書きは歴史学者となっていますが、Wikipediaによると食に関する総合的研究をしている人のようです(こういう調べ事の時、Wikipediaは便利ですね)。

 で、要約にもなりませんが彼がこの意見を書いたきっかけが、園芸や造園、生活や福祉といった実習系コースを備えた宇部西高校が生徒募集を停止し、中高一貫の進学校を新たに整備するという情報だったようです。藤原さんの結論は、空飛ぶ車やロケットならどこの国でも作れるが、世界に誇る日本の庭園文化や料理文化、伝統技術といったものは担い手がいなくなると途絶する。だから偏差値のみで生徒や教育内容を切り分けるのは如何なものかという主張です。ごもっともなご意見!

 ところで水道料金の自動引き落としを依頼していた信託銀行が今年度一杯でその業務を打ち切るということで、普通銀行にもつ口座に切り替える必要が生じ、ついでに定期預金も解約してきました。今の時代ですから定期預金といえども利子は10円とか5円、期間によっては1円でしかありませんが目を疑ったのは税金としてのマイナス項目が3カ所。合計わずか数十円ですが引かれています。要するにゼロ金利ということは、引き出したときに税金がかかって手取額が減少するということなのでしょう。今回初めて、ゼロ金利のもつ意味を実感することになりました。

 この話と藤原さんの意見との接点ですが、三題噺のようなロジックになりますのでご注意を願い、うまく「サゲ」につながりますれば拍手ご喝采を。

 政府は28日の臨時閣議において、家庭の光熱費やガソリン代に手厚い補助が必要であるとして29.1兆円の補正予算を組みましたが、補助金つまりばらまきがどうやら円安対策らしいのです。日銀の黒田総裁は就任以来2%の物価上昇を目標としてきましたが、10月の食品店頭物価は前年比4.5%上昇しています。円安で輸入する原材料が値上がりしているからです。しかし日銀は、確かに直近の値上がり率は日銀が目標としてきた2%を上回っているものの、持続的・恒常的な傾向ではないとして利上げには慎重です。つまり、湯水の如く発行してきた国債に利子が付くと、何回も申し上げているように税収の増加がないかぎり、政府財政が破綻してしまうから利上げ自体が出来ないという自己矛盾に陥っているのです。

 こうしてビールもおつまみのハム・ソーセージ類も、マヨネーズも唐揚げ用の食用油もパスタも大幅な値上げになりました。確かに米だけは自給できていますが小麦を始めトウモロコシや食用油を絞るウクライナのヒマワリ種、インドネシアのパームヤシも、無論牛肉や豚肉、鶏肉も、とにかく殆どの食料を輸入に頼らざるを得ないのが日本の現状です(食糧自給率:38%)。どうしてこうなったのか、原因は農業自体の衰退です。

 昭和の人なら“3ちゃん農業”なる言葉をお聞きの筈ですが、これは父ちゃんが会社や工場にとられてしまい、農業の担い手が「爺ちゃん・婆ちゃん・母ちゃん」になってしまったことを表す、昭和38年の流行語でした。やがてそれが「爺ちゃん・婆ちゃん」の“2ちゃん”になり、いずれか一人だけが従事する“1ちゃん”に、更には耕作を放棄した放棄地に、更には耕作を諦めた荒廃農地へと変わり元の山野に戻っていきました。蛇足ですが、作物を育てるのに必要な化学肥料の自給率はゼロであることもご承知おき下さい。

 藤原さんは庭園文化や料理文化などの文化現象を論じて、偏差値重視の現在の日本の教育のあり方は如何なものかという問いかけをなさっていましたが、以上説明してきましたとおり国防はおろか教育や「食」などの国家の基幹においてすら、日本のあり方が脆弱であることがお分かり頂けたかと思います。今私たちは何を考え、どういう対策を講じなければならないのでしょうか。お爺さんには手に余る問いになってしまいました。

「山河荒れ 田畑壊れて 狐狸の国」 徒歩歩老人 

(10月30日)


つるべ落としの日本経済

 彼岸が過ぎて早一ヶ月、随分と昼間が短くなりました。秋の日はつるべ落としといいますが、この現象が季節だけではなく日本経済にも現れているような気がするのは私だけでしょうか。

 今年3月からFRBがゼロ金利政策を中止し利上げを続けた結果日米の金利差が拡大し、10月20日の外為相場では1ドルが150円と、私が初めて在外研究に出た当時(1990年)の円価に戻ってしまいました。但しこの頃のアメリカ経済は弱く、失業率が7%に達しており、ニューヨークに行くと交差点に「失業中」と書いた段ボール札を持った白人が立っていました。日本はまだバブル期の最中で給料はどんどん上がっていましたし、貿易収支の黒字は10兆円を越えておりましたから日米経済の勢いの違いに感慨深かった記憶があります。(参考:日本の貿易黒字最高額は1998年度の13兆9914億円、今年度上半期貿易赤字額は11兆75億円)

 日本が貧乏になっている話は何度かしましたが、当時は一億総中流とかいう言葉があったように、社会の経済格差はそれほど目立ちませんでした。しかし失われた20年の間に、これは経済的には弱者の高齢者人口が増えたことと無関係ではないのですが、日本の経済力はすっかり落ち込んでしまい、底辺が拡大して格差社会になったようです。10月末で退任する三村明夫日商会頭が、日銀の金融緩和政策が円安を加速させたと批判していますがその通り。しかし当初は企業も、デフレ日本にインフレを引き起こすためには円安が必要だとしたアベノミクスに賛成していましたし、それにのっかった上流(上級?)国民も多かったと思います。

 そうして今となっては日銀がゼロ金利政策を放棄し金利をつけた場合、この間ジャブジャブに発行してきた(日銀引き受け)国債への利払いが発生し、税収の増加無しにはゼロ金利から抜けられない体質になってしまったのではないかと、素人の私は疑っています。日銀の黒田総裁のゼロ金利政策が日本経済を絞め殺したのです。

 通貨を自由に発行できる政府はお札をどんどん印刷すればいいので、財政が破綻することはないというのが現代貨幣理論(MMT)らしいですが、それは国民や世界が日本政府を信用しているからの話。イギリスでは減税政策を打ち出したトラス首相が市場に混乱をもたらした責任をとり僅か就任一ヶ月半で退任するとか。日本も今はまだ、過半数の国民が政府を信頼しているように見えますが、安倍元首相の銃撃事件が暴き出した統一教会と自民党の癒着に端を発する政治不信は、いつ政府不信に転移するかわかりません。政府の政策を信用できなくなった国民が円を売ってドルを購入するようになれば、あっという間にスーパーインフレを引き起こすでしょう。通貨は信用で成り立っていることを忘れてはなりません。

 食品店頭物価が前年比4.5%上昇し(日経10/21朝刊)、石油や天然ガスを始めとする様々な資源を輸入しなければならない日本の産業構造をみると、三村さんではありませんが円安は決して日本経済のプラスにならないのではと思わざるを得ません。年金以外何の収入もない高齢者にとって銀行預金だけが頼りなのですが、金利を産まない銀行預金は今や、振り込め詐欺集団から狙われる不良資産に成り下がってしまいました。構造改革もイノベーションもしない企業にまで、補助金や助成金として日銀券をばらまいてきた安倍長期政権がもたらしたものは、ばらまいて貰うための忖度文化とそれがもたらす政治・経済の劣化であったような気がします。

 日野自動車や三菱電機の品質不正事件が象徴するように、忖度文化は企業をも蝕んでいきました。光り輝いていた東芝も事業再編で分割され、外部資本を受け入れざるを得ないとか。私にはよくわかりませんがどうやら社内はかなり混乱しているようです。日本は一体どこへ向かって行くのでしょうか?

(10月21日)


季節の贈り物

既に10月ですが京都は10月1日から4連続で30度を超え、2日日曜日は31度2分でした。しかし大陸から寒気が流れ込んだ日本列島は木曜日頃から師走の気温で、7日金曜のTV報道では東京の街を行き交う人たちのコート姿が目立ちました。私、実はこれを狙っていたのです。つまりマ・ツ・タ・ケです。

昨年同様今年も夏場、嫌になるほどの雨続きでこういう年は松茸の豊作につながるはずなのですが、今年のように気温が高いと菌が腐ってしまい不作だとか。しかし先週の木曜あたりから急激に温度が下がり、飯田あたりでも最低気温が15度になっていました。実はこの15度というのが、松茸の生育には重要な温度らしいのです。

という訳で例年より一週間遅らせて6日から飯田に行きました。苫屋は当然、朝晩は寒くて石油ストーブ無しでは過ごせませんが、松茸のためなら何を厭わん和尚さん。金曜は一日雨でしたが土曜はお天気。だから日曜朝には昨日採集された松茸が並ぶはずと踏んで、朝9時、豊丘村の松茸専門商店に買いに行きました。そしたらピンポーン、あたり!

商店にはつぼみを中心に取れたてが沢山並んでいました。やや傘が開いたものは6本ありましたが内5本を購入し、2本は友人に送って娘・息子・自宅にはそれぞれ1本づつ。ちなみに100グラムあたりの単価は4,320円でした。

大きく傘を開いたものがありませんでしたが、私は焼き松茸が好物なので開いたものを探そうと、その後豊丘村の森林組合の売店に行きました。9時から販売開始ですが着いたのは9時14分です。ところがさ~て、お立ち会い。なんと4~50人が列を作って並んでいます。列の後ろの方だと売り切れ御免になることもあると聞いていたのでこりゃアカンと、すぐに近くの豊丘マルシェに行き先変更。ここの駐車場もほぼ満車でしたが何とか駐車して店内に。お客さんでごった返していましたがぱっと目についたのが、理由は判然としませんが傘が半分に割れた松茸。一目見てすぐに手に取り、レジの列に並びました。マルシェではこれに加えてポポウと大きなナツメ、それに芹を購入。昨年購入できたヤマゴボウはありませんでしたが、秋の味覚がドッチャリコ。

京都に帰ってから計量しましたが212グラムで、虫は全く入っていませんでした。無論、割れた表面に虫の入っている兆候がなかったから購入したのですが、これがなんと4400円の値札。もし割れていなければ9891円、恐らくキリがいい1万円の品でした。本日はこの残りと自宅に残した95グラムの松茸で再び、土瓶蒸しと松茸ご飯。二日続けて季節の味を満喫します。

本当に信州はいい。合掌!

(10月10日・体育の日)


「国葬」に関する雑感

得度はしておりませんが僧籍にあった身として、故人のご冥福をお祈り致します。

9月27日、安倍元首相の国葬が終わりました。日経新聞が9月におこなった世論調査では、対象となった人の60%が反対(賛成33%)意見だったそうです。全国紙5社による世論調査では反対意見の高い順に産経(62.3%)、毎日(62%)、朝日(56%)、読売(56%)、5紙平均で59.3%と10人中6人が反対意見の中での挙行でした。

今回の国葬は内閣の閣議決定でおこなわれましたが、世界の多くの国々で国葬行為は法律や慣行に従って執り行われています。例えばアメリカでは国家元首を務めた大統領経験者を国葬で送りますし(例外は自ら辞退したニクソン大統領)、イギリスではエリザベス二世のような国家元首、及び戦後はチャーチル元首相ただ一人のみ。フランスでは大統領といえどもドゴール元大統領が辞退して以来、慣例的に辞退するのが普通だとか。まぁ、いろいろな慣例があるようです。しかし国葬という重要儀式を、僅か6日間の政権内密室協議に従い閣議決定するという場当たりな方法で実施する国は、私が調べたかぎりでは日本以外にはありません。日本は“水に流す”文化ですし、9月は台風も多いのでついでにでは困るのですが。

安倍氏同様在職中に急逝された大平正芳元総理の葬儀は「内閣・自民党合同葬」でしたし、急でしたので故人の業績などへの考慮はあまり問題にならなかったように記憶しています。安倍氏の葬儀に関しても、銃撃による死亡という前代未聞の事件でしたので岸田政権は泡を食ったのでしょう。事件の根幹に、韓国起源の旧統一教会という新興宗教が引き起こしている様々な社会問題があることを知りながら、またそれが自民党だけではなく日本の政治家達に深く食い込んでいることも知りながら、熟考すれば岩盤保守の突き上げを喰らうと思ったのか岸田首相は、国民世論を斟酌することなしに国葬を断行しました。浅慮としか言いようがありませんが、これが60%の反対意見につながったと思います。

ところで街頭での、「国葬」に関するTVインタビューを見ていて、私にはカチンときたことがあります。もちろんインタビューは賛成・反対・中立的立場それぞれの意見が反映されるように構成されていました。チャンネルは忘れましたがインタビューで若い女性二人組から得られた意見は、「アベノミクスで日本経済への貢献があったから国葬するのが当然でしょ」、というものでした。しかし聞いているかぎり、恐らくZ世代に分類されると思われるお二人からは、アベノミクスの内容を理解した上での発言というニュアンスが感じられず、単に言葉として‘つかってみた’としか思えなかったからです。

私には政治も経済も新聞論調程度の理解しかありませんが、科学者の端くれとしてデータを読むことには慣れています。そこで少しデータ整理をしてみましょう。

アベノミクスという言葉が頻繁に使われ始めたのは第二次安倍政権による2012年11月の衆議院解散前後からですが、この時使われた「三本の矢」という内容は、私は二本しかなかったと思っています。私の理解では、①マイナス金利にまで深掘りした量的な金融緩和、②予算ばらまきのための大量の国債発行です。③成長戦略については、効果的な政策・施策もありませんでしたし結果も残っていませんので、この矢はなかったと思っています。

ところでアベノミクスが始まった2012年、ドル換算した日本の平均賃金は37,739$、同じく$換算した韓国の平均賃金は37,302$で、僅かながら日本が韓国を上回っていました。しかし翌2013年には日本が韓国に逆転され、昨年2021年には日本は40,849$、韓国は44,813$とその差は4000$にまで開いてしまいました。日本が10年かけて3500$を増やしたのに対して韓国は7500$、日本の2.15倍ほどの速度で経済成長を遂げていることがわかります。

またOECD平均賃金では2021年の日本は34カ国中24位、最近の円安換算(1$=145円)で再計算すれば順位は更に下がり28位となるようですが、これがアベノミクスが日本にもたらした結果なのです。日本は相対的にですが、世界における経済的地位を下げ続けていることがわかります。こういう現状を理解しようともせず、単に聞いたことのある言葉としてアベノミクスを使っている今の若い世代の軽佻浮薄さは、昭和のお爺さんには耐えられないのです。

他にも色々言いたいことはありますが、国家を貧乏にした施策の立案・実行者を国葬で送る国というのは、はて?と考え込まざるを得ません。年代別に見た国葬賛成は、データが読める?Z世代を中心とした20代が最も高く58%、70代は26%だとか(朝日新聞)。Z世代は、2012年12月に1万395円だった日経平均を、退任時2万3千円まで高めた功績を認めており、それが高い支持率になっていると分析する識者?がいるようですが、お人好しもいい加減にしろと後期高齢者のお爺さんは言いたい。仮想通貨は別として、株式投資をしているZ世代は何パーセントおるんじゃ!日本の前途は暗いなぁ、ブツブツ。

とまぁここで一旦筆を置いたのですが、まてよ?と昭和のお爺さん。振り込め詐欺で欺されているのはみ~んな昭和世代だけど、欺す方はZ世代。今はNISAもあるし、従業員持株制度で自社株を保有する人も多いはず。仮想通貨はデジタルネイティブのZ世代にとってはおあつらえ向きの投資手段かも知れないぞと、お爺さんの猜疑心は止めどもなく広がって行きます。

そこで一句 「浜の真砂は尽きるとも 年寄りに妄想の種は尽きまじ」 石川六右衛門

(9月29日)

トラ姫様御入洛

9月17日、台風14号が来る前に京都に帰ってきました。トラ姫様はその2日前、中山道・東海道経由でご入洛されました。恐らく道路に発生する騒音が耳に響くのでしょう、感覚過敏の姫は車がお嫌い。ですから電車を使うのですが、飯田線を使うと豊橋まで特急で2時間40分かかりますし、豊橋-京都間は1時間10分ほど。しかも1時間に1~2本のひかりしか停車しませんので、秘境駅の多い飯田線は敬遠して中山道の中津川宿までは中央高速を利用します。

車内では私以外、誰も聞いていないのですが「拉致された」とまぁうるさいこと。電車は周りに人が少ないグリーン車を利用しますが、特急しなの号では車の中ほどではありませんが、それでもニュァニャァ。名古屋で新幹線に乗り換えますが、しなの号の中よりはニャァの頻度は低下します。最後、京都駅からはタクシー利用ですが、お疲れだったのでしょう20分程の道中一回だけニャン。玄関を入り姫様を御駕籠から解放しますとすぐに二階の寝室に上がられましたが、私は待たせておいたタクシーで京都駅に戻り、飯田に帰宅しました。朝8時45分に別荘出発、伊勢丹で買いものをして午後3時45分には帰宅と、まぁ毎回のことですが忙しい旅でした。

で、翌16日は姫様のトイレ掃除や食器のお片付けなどをして17日朝にゴミを出し、タクシーを呼んで高速バスで名古屋まで、新幹線乗り換えで昼過ぎに帰宅。姫様にご挨拶をと思い、二階にお姿を探しましたがいらっしゃいません。おかしいな?と思ってベッドの下をのぞき込むと、しっかり隠れていらっしゃいました。階段を上る私の足音で、また拉致されたらカニャワンとお思いになられたのでしょう。京都と飯田の往復は9年もしているのですが、なぜか今回のトラウマが一番強かったみたいです。同日、孫達が尋ねてきて姫様にご対面している時はお年寄り様のベッドの上で相手をしていらっしゃいましたが、私が顔を出したとたん、ベッドの下にお隠れになりました。「なんていうネコしょう!」

このように、トラ姫様は非常に個性的なネコなのです。普通、ネコは抱かれるのを嫌がりませんが、感覚過敏があるのでしょう、トラ姫様は抱かれるのが極端にお嫌い。手を離すと抱えられた箇所を入念にグルーミング。またトイレの仕方も雄猫のようにマーキングの姿勢で立ったまま、尻尾を上げてスプレィをなさいます。飯田ではトイレを置く場所が京都より狭いので、トイレ自体小さいものを使っていますのでスプレィされると壁や床が汚れます。ですからお小水が飛び散らないように、段ボールで囲いを作りそこにトイレシートを貼って外に漏れるのを防いでいます。

このように行動が男の子っぽいのですが、くつろいでいるときは必ず左手が前にでます。私の食事中、「ちょうだい」サインをしてくる時も左手が出てきます。人間ならば右脳優位の男性型なのでしょう。以上のような行動から、私は姫の自閉症を疑っているのですが、さて?

9月になりました:Came September

 1961年ですから私が中2だった頃の話です。ビリー・ボーン楽団の「9月になれば(Come September)」というタイトルの曲がFM受信機から流れてきて、その軽快なメロディーが耳に焼き付いていますが、2022年75歳の今年も夏が終わり9月になりました。同名の映画はロック・ハドソンとジーナ・ロロブリジーダの共演で1961年に封切られたようですが、14歳の田舎少年には映画館へのアクセス手段はありませんでした。

 私が映画に嵌ったのは高校1年の9月、片道40分のバス通学が受験のハンデにならないようにと、両親が綾部高校の裏に新築した家から通学するようになってからですから、「9月になれば」というこの映画は見ていません。しかしまぁ高校時代、さすが3年になると勉強したような気もしますが、出席時間と単位数を計算しながら親心を無視?して映画館に通っていたのですから、いい加減な少年だったわぃと、当時を懐かしく思い出しています。

 Wikipediaによると彼女は1971年に女優を休止し、フォト・ジャーナリストや彫刻家として活躍を始めたそうですが、私の記憶にはソフィア・ローレンと共に、グラマーなイタリア女優という印象で残っています。今、95歳で健在なようですが今年9月のイタリア総選挙で上院議員に立候補するとか。よく「天は二物を与えず」とかいいますが、私は才能を持つ人というのは基本的にマルチであると思っています。でもまぁ、そういう人はごく少数だからこそのスターなのでしょうから、大多数は私のように無能・無芸の“一般人”なのでしょう。一般人に幸あれ!

 それはともあれ、我が家の夏の終わりは9月、トラ姫様御付きのお年寄り様のご帰京に始まります。トラ姫様には、「暑いの大苦手」な爺やに今しばらくのおつき合い願いをお願いしております。ただ今年の夏、関西はどうだったか知りませんが南信地方は雨続きで、食料の買い出し以外はどこにも出かけない、今年の世界情勢同様、例を見ない暗~い夏でした。

 当然、ご承知のように異常気象は世界各地で発生しています。中国やインド亜大陸、ヨーロッパでは大干ばつや熱暑に山火事。日本の東北や北海道、韓国では前線が停滞し大雨。特にソウルでは「パラサイト 半地下の家族」で有名になった半地下構造の住宅に住む家族が、押し寄せてきた水から逃れることができずに溺死したり、車が道路を流されていく始末。50度近い熱波で苦しんだパキスタンでは一転、雨季の洪水で国土の1/3が水面下とのこと。数え上げればきりがありませんが、全ては地球温暖化の副作用でしょう。

 世界で発生しているこのような環境変化については以前、SDGsについての雑感を述べた時にも少しお話ししていますが、私たちの生活が便利になるということは、それだけ地球環境が破壊されているのだという事実に思い到ります。一例がプラスチックの使用です。買い物をすればほぼすべての食品がトレーや袋に入っており、これらはプラごみとして捨てなければなりませんし、ペットボトルもおびただしい量になります。

 ひるがえって私の子どもの頃を思い起こすと、例えば家ではほとんどゴミが出ませんでした。野菜くずは飼育していたニワトリとヤギの餌になりましたし、ビン類は基本リ・ユース。豆腐は鍋をもって買いに行きましたし魚類は油紙にくるみ、竹の皮やへぎ(木を薄く削ったもの)も包装用でした。これらはすべて燃やすことができますので土に還ります。燃料は山から切り出した薪と炭でしたから、ガスも石油も必要ありませんでした。さすがに昭和30年代にはいると、来客の時は灯油ストーブを使用していたような気もしますが、小学校入学前は囲炉裏端に客が座ったと思います。思えば随分エコな生活をしていた訳です。

 小学1年生(昭和28年、1953年)の時に13号台風が近畿地方を通過した時、由良川水系に甚大な被害が発生し、私が住んでいた中上林村も上林川の堤防が決壊し大きな被害が生じましたが、その復興を契機に貨幣経済の波が押し寄せ、村の生活は大きく変わりました。道路も拡張され(当時、新道と呼んでいました)ボンネットバスで綾部市街と結ばれましたが、それ以前の木炭バスがうっすらと記憶にあります(4~5歳)。まぁとにかく移動は基本、徒歩と自転車。村は昭和30年に綾部市に合併されましたが、街に出るのは年に数回だったでしょうか、母親が三ツ丸百貨店に併設されている映画館に映画を見に行く時に連れて行ってくれ、終わった後食堂で、旗のついたお子様ランチを食べさせてもらいました。

(続く) (2022年9月1日)


気候不順の今年

お話ししましたように今年は、6月20日に飯田に到着。翌21日には車を中山道の中津川駅前に駐車しておき、いったん帰宅。トラ姫様をお籠にお乗せして、東海道・中山道(新幹線・中央西線)経由でお国入りをしました。また7月20日には、トラ姫様お付きの御年寄様が同じく中津川経由でお国入り。夏の生活が始まっています。

ところで姫様の前では私は「ぢい」ですが、世間的には「ちゃま」で通っております。それには理由が。

19年前の1月に初孫が生まれた数日後、テレビで「千と千尋の神隠し」が放映されました。孫には千尋という名前がついていましたのでそれを見た時、「そうだ!カマ爺と名乗ろう」と思いついたのです。カマ爺は、千尋を助けてあげる優しく気のいいお爺さん。「貰った!」と思った次第。当時、56歳でまだ若いと思っていたので、「お爺さん」と呼ばれるのに心理的抵抗もありましたしね。

ところがこの子がしゃべるようになり、私を「カマジイ」と呼び捨てにするので親しき中にも礼儀あり。以前に鞍馬寺で小さな女の子が年配者を「おじいさま」と呼んでいたのを思い出し、ここはお上品に「カマジイちゃま」と呼ばせようと思い、彼女が「カマジイ」という度に「ちゃま」と言い加えていたらある日、「カマジイは名字で、名前がちゃま、やなぁ?」とのたもうて、こらアカン!

以来、学生や身内からは「ちゃまさん」と呼ばれています。閑話休題。

飯田では朝2時間ほどの散歩がルーティーンですが、今年は天候が不順で雨が降ることも多く、この原稿を書いている今日も台風8号の影響で散歩の途中から天気が急変し、雨が降り始めました。いつもなら折り畳み傘を持って出るのですが、大丈夫だろうと高をくくっていたものですから大慌て。幸い、雨が強くなる直前に朝のご挨拶を交わした名古屋の方が、ご親切にも車で追いかけてきてくださり、自宅まで送って頂きました。先週お話ししたサイコパスとは反対の共感性豊かな方で、お陰様で助かりました。感謝、ペコリ!

帰宅して地元紙の天気予報欄を見ると19日金曜日まですべて傘マーク。今年は雨が降らなくても曇り空が多く、そういえば庭の芝に水をやったのは一回だけ。夏場に雨が多い年はマツタケが豊作といいますが、雨が多かった去年は確かに豊作で安く買えました。私は焼き松茸が好きなので傘の開いたものを購入するのですが、直径15~6センチのものが5000円ほどで買えたような気がします。松茸は隣の豊丘村の飯伊森林組合に買いに行きますが、今年も豊作でありますように!

ところで雨の降りだす前に、今年初めてツクツクボウシの鳴き声を確認しました。今日は13日ですから後2日でお盆。秋の始まりですが、セミの鳴き声の遷移は適切に季節の移り変わりを示してくれますし、時間も教えてくれます。

朝、夜明けとともに鳴き始めるのはヒグラシですが、8時前にはクマゼミに交代。その後アブラゼミも合流して午前中はこの2種類の合唱。お盆頃からツクツクボウシも合流。午後2時を過ぎるころ今度は再びヒグラシに交代。夕方はヒグラシの絶頂時間帯。まぁ大体こういうところでしょうか。しかし雨が降っているとセミは鳴きません。羽が濡れるのでメスが飛んでこないからです。という訳で本日はセミの休養日、と思っていたら今は太陽が顔を出していますのでセミの大合唱が聞こえます。

別荘では晴耕雨読の生活ですから夜は早く床に就きますが、13日夜9時を過ぎたころに突然、まるで天の底が抜けたかのようなものすごい雨が降り始め、慌てて窓を閉めました。10分くらいで弱まりましたが、雲のどこにそれだけ大量の雨を一気に降らせる要素が隠されているのでしょうねぇ。恐らくは地球温暖化で水の蒸発量が増加し、雲の層が分厚くなっているのだろうとは思いますが。

翌14日朝、5時前に起床してポストの新聞を取りに行った帰り、階段を上がりながらふと下を見ると、あれ!ヘビの抜け殻らが落ちています。上を見ると天井の際に抜け殻がぶら下がっており、途中にはクモの糸に絡まった2センチほどの抜け柄もあります。全部足すと全長は1.5m?どうやら屋根裏に青大将が住み着いている様子で、脱皮しながら電線を伝ってウワミズザクラの枝に乗り移り、どこか食事にでも行ったのでしょう。昔からヘビが宿ると金が溜まるといいますが、宅は年金以外の収入はありませんので収支はトントン。ま、例外もあるのでしょう。

以前は屋根裏にスズメバチが巣を作ったこともありますし、庭にはビッキの大将がいます。そうそう、カナヘビ君もいますよ。2頭その存在を確認しているウリ坊たちも時々、木が生い茂ったため日影になっている庭のコケを鼻でほじくり、ミミズを探して食べている様子。夏の田舎生活はこのように賑やかなのです。やれやれ!


ウクライナからの避難民

飯田市の隣、高森町に空手の「禅道会」という団体があり(総本部・飯田市)、主席師範の小沢隆さんが中心になって高森町の協力の下、同会ウクライナ支部会員の家族4世帯9人の避難が実現しています。この避難者たちが8月1日から道の駅「南信州とよおかマルシェ」(豊丘村)にてキッチンカーでのボルシチ&ピロシキ、コーヒーのセット販売を始めたということで、私も買い物ついでに立ち寄ってみました。

禅道会の方でしょうか、日本人スタッフも二人いらっしゃって買い物はスムーズにできます。二人ですので2セットを購入し、コーヒーは駐車した車の中で飲んでボルシチとピロシキは持ち帰り、お昼に頂きました。ボルシチもピロシキも、私にとっては初めての味でしたが、共に美味しく頂きました。

禅道会では、避難民の人たちの仕事づくりとウクライナ本国支援を目的としたクラウドファンディング『ダニエラ基金』を立ち上げたそうです。詳細は、「https://daniela.fund」にアクセスしてみてください。

ところで鎌倉時代の元寇の役を例外として、四方を海で囲まれているという地理的孤立及び徳川時代の鎖国政策が原因でしょうか、日本は難民認定が最も難しい国と言われています。最近では2021年、名古屋出入国管理局に収容されていたスリランカ人女性のウイシュナ・サンダマリさんの体調が悪化し、食事をとることができなくなったにも関わらず放置し、死亡に至るという悲惨な事件も発生しました。入管職員はサンダマリさんが苦しんでいるのを「仮釈放が目的の詐病」と疑い、必要な医療措置を取らなかったそうですが私はこの話を聞きすぐに、人は誰でもユダヤ人を虐殺したアイヒマンのように冷酷になれることを証明した社会心理学者ミルグラムの、「アイヒマン実験」(Milgram, S., 1963)を思い出しました。実験内容を説明すると長くなりすぎますので詳細についてはネット検索で調べてください。

ミルグラムが実験的に証明したように、確かに人はいくらでも残酷・冷酷になれましょう。しかし同時に、人道的にもなれると私は信じています。中にはサイコパスのように、他者に対する共感能力が欠如している人もいますが、我々がHomo Socius(社会的ヒト)に進化したのはその昔、ヒトの祖先がマカクザルであった時代に脳の下前頭回(F5領域)と下頭頂葉に、相手の行為を「真似る」機能に特化した領域が発達したからです。この部位は“共感”という人の社会性の発達を担保した部位で、ミラーニューロンと命名されています(Rizzolatti G., Craighero L,2004)。興味がおありの方はWikipediaを参照してみて下さい。

まぁミルグラムの話もミラーニューロンの話も、短いブログで正確に要約しきれる内容ではないので端折りますが、言いたいことがあります。それは“組織”という枠組みが、人のもつ共感の働きを壊してしまうことがあるよということです。名古屋入管事件はその一例でしょう。つまり日本社会は未だ“村社会”であり、未熟なcogitoの持ち主が多いということなのかもしれません(17回世相放談参照)。西欧近代の幕を開いたデカルトのCogito、つまり自立した個人の確立は日本社会では“日暮れて道遠し”なのでしょうか。

それにしても悲しいですね、名古屋入管の話は。

(2022年8月10日)


ジムグリとの遭遇

一般社団法人対して課せられる均等割り税金が、法人の収入が少ないため代表理事の個人献金にならざるを得ません。ということで、一般社団法人は先月末で解散しました。私は顧問に退きましたが「愕然和尚の世相放談」は、今月から「保育・子育てアドバイザー協会関西2.0」から発信します。

関西も関東も連日の猛暑日。熱中症警報が出ているようですがここ飯田高原では爽やかな風が谷川から吹き込んできます。8月に入った最近はやっと天候が安定し晴天が続くため、朝の散歩は日影がある山の上の別荘区域をブラブラしていますが、今朝、めずらしい赤色のヘビを見ました。まだコドモのようで長さは25センチ程度で、動きません。ヤマカガシやヒキガエル、モグラの交通事故死は珍しくないので、死んでいるのかと思いそのまま坂を下り、木陰が無くなる野菜農家の手前で折り返してヘビがいた所に戻ってきましたが、見当たりません。

「なんだ、生きていたのか」と連れ合いと話しながら2時間ほどの散歩を終わり帰宅。ネット検索をかけるとどうやら“ジムグリ”という、成体で1m程度の無毒の小型のヘビのようです。地面や石の間に潜るため頭が小さいとのことですが、すらりとしたカッコいい印象を与えるヘビで、普段なかなか目にしないヘビらしく、私も9年いて初めて目にしました。ヒメネズミやアカネズミ、カヤネズミなどのコドモが主食とか。ですからネズミのコドモがいない夏には休眠することもあるとの事です。そういえば別荘の洗濯機の中で、小さなネズミが一匹が干からびていたことがありますので、山には沢山のネズミがいるのでしょう。

爬虫類のヘビの話をしたのですから、ついでに両生類の話もしておかなければ片手落ち?実はアズマヒキガエルが敷地内に棲んでいます。最近はトラ姫様が、毛玉吐き戻しのために笹の葉を食べに庭に降りるのですが、今朝もサンデッキから飛び降りました。そうして笹の葉っぱをかじって(ネコの歯は実に見事に草や笹の葉っぱを切り取ります)階段の方に進んだ時に、突然へっぴり腰になりました。そうしてそろりそろりと後退を始めたので、トラの視線の先を見ると15センチほどのアズマヒキガエルがいたのです。今年初めての目撃でした。

ヒキガエルはああ見えて、結構早く動くことがでるのですが、ただいつ動くか予測が立ちません。そうすると階段への通り道の石の上にヒキガエルが鎮座しているものですから、トラ姫様はその前を通ることができません。縁の下を利用して迂回すれば階段に至るのですが、外歩きを認めたのは今年が最初ですから再び部屋に戻ってもらうためには、ビッキの大将に退散して頂くしか手がありません。そこで庭掃除に使う箕をヒキガエルの前にもってきて、熊手で後ろをチョンと突くと大将がジャンプして箕の中に。通り道から離れた苔の上に置きました。

丁度コケに水をやらなければと思っていたところでしたのでビッキも水は好きだろうと、シャワー放水。すると反応の早いこと早いこと。ピョンピョンとジャンプしてあっという間にアプローチの両側に生えているシダの中に潜り込みました。トラが帰宅する階段付近にいなければいいので、どこに行ったかそれ以上は追及していませんが、去年は二匹確認していますので今年もどこかにいるのでしょう。連中は擬態というか保護色で、枯れ葉や木・岩などに容易に溶け込んでしまいますので、探さないと見つからないのです。

まぁそういう次第で、トラ姫様と御食事係の爺(時には執事、もしくは羊とよばれることもありますが)、それにベッド役兼冬の暖房役を務めている婆の3人?の、夏の生活が続いています。寝室には谷側の網戸越しに風が入ってきますので、朝、目覚めの頃は22度。今日のように下界が36度の時でも29度くらいですから楽です。夏にこういう健康的な生活をしていると長生きしてしまうかも。しかし令和の今は、昭和とはあまりにもすべてが違うので、長生きも困るのですが。 To be, or not to be, that is the question!


うつろいゆく未熟な“私”:Cogito ergo sum

7月26日、秋葉原無差別殺人事件の加藤智大死刑囚の刑が執行されました。事件が起きたのは2008年6月8日です。2019年7月には青葉真司容疑者が京都アニメに放火をして36名の死者、32名の重軽傷者が出ましたし、2021年12月には大阪「北新地クリニック」にてこれをまねたと思われるガソリンを使った放火が発生し27名の犠牲者が出ましたが、容疑者の谷本盛雄も死亡しました。

参議院選挙運動の最中、7月8日には大和西大寺で安倍晋三元首相が山上徹也容疑者によって手製の銃で狙撃され死亡するなど、ここ最近、衝撃的な事件が続発しています。一体何が背景にあるのでしょうか。識者がそれぞれ語っていらっしゃいますが私は、I amのI、つまり思惟及び行為の主体者としての「私」の構造のゆがみが原因ではないかと思っています。

「私」、あるいは「我」、さらには「自己」と様々に表記されるI am ですが、個人を行為の主体者としてとらえる考え方は、デカルトのコギト命題(我思う、故に我あり:Cogito ergo sum)に始まります。これは英語で「I think, therefore I am」と表記されますが、大事なことはこの時代に「私」が登場し、思惟する主体として人々の意識の中に成立したということです。ところが今、この「私」に大きな地殻変動が起きています。

心理学は、ウイルヘルム・ヴントが1879年にライプチッヒ大学に、人が環境から受ける刺激を処理する過程を実験的に検証するための実験室を開設した時を起源としますが、個体と様々な環境との相互作用を読み解く学です。私が人をカタカナ表記で「ヒト」と記載する理由は以前お話ししたと思いますが、ヒトは社会的動物(Homo Socius)ですから当然、行為主体の「私(I)」あるいは「自我/自己(self)」は社会との相互作用で形成されます。

このような「私」を巡る定義として有名なのはアメリカプラグマティズムの流れを引くG. H. Meadのself論です。これを要約すれば、①selfは主我(I)と客我(me)の相互作用で形成される。②その際に、自我の主体である主我よりも他者から見られている部分、つまり客我を意識の中に取り込むことが自我の枠組み形成において重要であるとMeadはいうのです。要するに自分の中に第三者目線をもつことが、主我の確立に必要だということですね。

人と人が地縁や血縁、あるいは契約でつながっている時代は、主我は人から見られている自分を意識することでつくり出されてきました。ところがIT化が進行し人々が実態ではなくバーチャルにつながる今、社会集団はその時々にネットでつくり出されるように変化しました。つまり、従来的な人と人が関わりあって共に暮らす社会がインターネット空間にとって代わられ、LINEやTwitter、Facebook、あるいは写真投稿のInstagram、動画投稿のTikTokやYouTubeでのバーチャルなつながりが、あたかも現実の対人関係と同じであるかのように錯覚させる時代になってしまったのです。

SNSの社会ではタレントの木村花さんが自殺に追い込まれたように、同じような思考や意見をもつ人々が「いいね」でつながり反対意見を受け入れませんし、時に“炎上”します。また、自分が共感できるソースだけにアクセスして、「ほらね!」っと自己満足で完結してしまう特徴をもちます。このような自己中心の狭いワールドが世界であると思っている人たちには地縁・血縁でつながる共同体社会や、意思に基づく利害の打算、合理的な協約や立法に基づく社会のような有機的つながりはなくなってしまうのです。

このような人々は自分の考えのみが正しく、トランプ支持者たちのように集団で意見が共有されることもありますが、それ以外はフェイクであるとして他者の意見を受け入れません。自分に都合のいいものばかり集めて形成された“世間”しか知らない「私」、つまり自分の主観だけで行動する短絡的な「私」が引き起こしているのが、冒頭に列挙した様々な事件ではなかったのかなと、ふと思いました。悲しいですね、こういう「私」が増えることは。


夏の生活

しばらく固い話ばかり続きましたが、ここらで一つ暑さしのぎに山の生活の話をしましょう。別荘の階段を踏み外して転落。グレゴール・ザムザになった心境はお話ししましたが、山にはいろんな虫がいます。かなわないのはブト(ブヨ、ブユともいう)です。ズボンの裾からでも入ってきますのでこれは護りようがありません。刺されたらすぐにステロイド系の軟膏をぬらないと痒くて大変です。その点、山に多いオオクロヤブカは楽なもの。体が大きいし動きも鈍いですから皮膚でもどこでも、止まればエイっと叩き潰せばお終い。幸い、山にはアカイエカはいません。

ところで去る6月25日夜、9時半に布団に横になり電気を消した直後、右耳の中に羽アリが飛び込んできました。鼓膜の横?でブンブン羽ばたくのでうるさいし、不快なことこの上なし。あわてて爪楊枝で掻き出そうとしたのですが無理!幸いお隣さんが天龍村で僻地医療に携わってらっしゃったドクターで、もう往診や夜間診療がしんどくなったとおっしゃって昨年4月から退職・定住生活に入られた方ですが、まだ10時になっていなかったのを幸い?に、無理やり押しかけました。

ただ、まさか耳の中に羽虫が入ったと私が騒ぐとは思ってらっしゃいませんから、そういう際の処置用医療器具は倉庫のどこかに放り込んだままだということで、結局市民病院の救急まで送って頂きました。ドクターを救急車代わりにしてしまったのです。「苦しい時の神頼み」と言いますが、神様は怪しくてもお医者様は本当にオタスケマンだワイと、変な納得で感謝感激雨あられ。以前、頭をスズメバチに刺された時もお世話になりましたし、持つべきものは医者の隣人などと、呑気なことをほざいています。

山にいるのは虫ばかりではありません。数日前朝の散歩で歩いていたら、側溝に大きなモグラが落ちて慌てていました。助けてやろうにも板切れもなにもなかったので、「自力脱出してね」とつぶやいてそのまま散歩を続けましたが、帰りには姿は見えませんでした。側溝下手に落ち葉が溜まって堰(そんな大げさなものではありませんが)になった場所がありましたので、そこまで下がってくれば脱出できたはずです。

同じ日、3時前に温泉に行くために山を下りる途中、サルの親子に遇いました。サルは別荘近辺に2群ほどいるみたいで、よく目にしますし仲間(お母さん?)を呼ぶ「フユィ~」という声も聞きます。入浴を終えて登ってくると今度は、家のすぐ近くでウリ坊に遇いました。自宅から100mほど先の小さな沢に沼田場がありますから、現れても不思議ではありません。このウリ坊はどうやら居ついた様子で、その後は朝の散歩で度々遭遇します。

「お爺さん、肥し撒いといたで」というタヌキ(と思います)は家の芝生に雲鼓をしていきますし、オコジョもいます。人間は背が高すぎますので恐らくオコジョの視線には入っていないのでしょう、すれ違っても案外平気です。今日は夏毛の茶色いオコジョが道を横切っていきました。

野鳥もいろいろいます。中でもシジュウカラやヤマガラ、コガラたちはほんの2m先の木の枝に止まったり、何かをついばんだりしています。カケスやヒヨドリ、セグロセキレイもよく遊びに来ます。時にはコゲラが裏手にある枯れ木を突いていることがありますし、ご近所に軽自動車が駐車した時に限って、サイドミラーに自分の姿を映し遊んでいるコヨシキリ(ではないかと思います)もいます。姿は見せませんがウグイスも常駐です。どうしてでしょうね、私は今までウグイスの姿を見たことがないのです。皆さんも鳴き声はよくお聞きになっていると思いますが、姿を見たことがあるという方はほとんどいらっしゃらないのでは?それくらい姿を確認するのが難しい鳥です。

毎朝2時間ほど散歩するのも日課ですが、途中で4~5羽の雛を連れたコジュケイの家族によく遭遇します。春に雛が孵化するコジュケイですが、夏場にはまだ家族で行動しています。夏には雛たちも飛べるようになりますが、5月頃はまだ飛べないようで、側溝は雛にとってもやっかいな存在。そういう場合は近くに落ちている木の枝を側溝においてやります。帰り道には先日のモグラ同様、姿が見えませんので、木の枝を利用して藪にもぐったなと判断しています。今朝は、雛が大きくなった7羽の家族に会いました。

時には散歩コースを変更して果樹農家や軽費老人ホームのある方向に、坂を下っていくこともあります。このコースでは民話の「桃太郎」に出てくるキジによく遭遇します。「ケ~ン」という鳴き声を聞きながら、キジは昔から人々になじみ深い里の鳥だったのだなぁと、なんとなくほのぼのした気持ちになります。春にはカッコウの声も聞こえます。カッコウも里の鳥なのですね。

そうそう、今年の春には初めてソウシチョウに遇いました。ソウシチョウはいわゆる“籠脱け鳥”で原産地は中国南部~インドシナですが、中国人が神戸に持ってきたものが野鳥化したと言われております。1~3月頃吉田山散歩に行きますと沢山目にします。羽の後ろの方に濃いオレンジ色の模様があり、さらにその真ん中に黄色の〇が入っているきれいな鳥ですが、それが飯田にもいたのです。生息域を広げているのでしょうね。この鳥は特定外来生物に指定されています。

7月に入るとまもなく秋が来るよという信号でしょうか、ヤマザクラやハゼの木に赤くなった葉っぱが、ほんの数枚なのですが混ざり始めます。この頃にはホタルやクロイトトンボが出てきますし、お盆が近くなるとアキアカネやオニヤンマ、シオカラトンボたちが飛び交います。また萩の花が膨らんできて、気の早い枝では花を咲かせるものもあります。

そうそう、セミの話もしておかなければなりませんね。山でよく耳にするのはミンミンゼミ、ヒグラシ、ツクツクボウシです。山梨県ではハルゼミの声も聞きますが、飯田にはいないようです。ミンミンゼミやヒグラシは夏盛り、ツクツクボウシが鳴き始めるとすぐ秋が来るなという想いになります。

嫌な連中もいます。隣村阿智村の園原にはマムシ養殖場がありますが、こんなのがあるくらいですから当然、別荘地にもマムシはいるはずです。ヤマカガシはよく交通事故に遭ってペシャンコに。私の家には、お隣さんがヌシとよんでおられる青大将が住み着いている様子。浄化槽の周辺は大きなものは手のひら大、中心的には握りこぶしサイズの礫石を敷き詰めているのですが、今年はその上で長さ1m23cmの、途中切れることがなく顎から尻尾の先まで完全に揃ったヌケガラを見つけました。昨年、法人関係者が拙宅に集まった時はウワミズザクラの枝に登った青大将の姿を全員が目撃していますし、まぁにぎやかなことです。敷地の西端は谷川ですから、ガマガエルも何匹かは棲みついている様子です。そうそう、サワガニも芝生の上を散歩?していますよ。

今週からは細君も合流しますが、まぁこういう環境で今、隣の椅子の上で寝ているトラと二人?で一か月、「なんにも仙人」修行をしているのです。ワハハハハ。


参議院選挙

安倍元首相が、個人的恨みをもった犯人から銃撃され、死亡するという蛮行が発生した異例の参議院選挙も終わりました。結果は事前予想通り与党の圧勝でしたが、候補者を擁立した各党の公約は大衆迎合主義(ポピュリズム)の“ばらまき”でした。人々の欲求は多様で際限がありませんから、様々なレベルで大衆に迎合しようとすると今回のように15もの政党・政治団体の候補者擁立になるのでしょう。しかしここで、少し辛口の話をしておきましょう。

財務省が5日に発表した2021年度一般会計決算概要によれば、税収は過去最高の67兆円ですがコロナ対策などへの支出が膨らみ、税外収入を合わせても歳出の2/3しか賄えず、残りの1/3は赤字国債の発行で穴埋めとのことです。前回(7月6日)お話ししました現代貨幣理論(MMT)の説くところでは、通貨発行権をもつ政府の破産はないらしいのですが、これを現実に実行した政府は未だ存在しない訳で(疑似モデルは基軸通貨のドルを発行しているアメリカ政府)、私は机上の空論ではないかと疑っています。

世界は貿易でつながっていますので常に決済が必要ですが、それには基軸通貨といわれる米ドルやユーロ、英ポンドや円が使われています。ですから基軸通貨を持たない国は決済手段としてドルやユーロを利用せざるを得ません。ウクライナに侵攻したロシアに対する西側諸国の圧力はまさにそこを狙っているわけですが、ロシアは資源国家ですので抜け道が沢山あります。詳細には調べていませんが、全世界的に見た再生可能自然エネルギー利用は、現時点で恐らく10数パーセントといったところでしょう。後は原子力を含め、様々な化石燃料利用で経済を動かしているわけですから、石油やLNGを始め金やレアメタルなど、鉱物資源を豊富にもつ資源国家ロシアをどこまで追いつめられるかは難しいところだと思います。

ロシアも当然、自国の資源を外交手段として使います。例えば直近、破産宣言を出したスリランカ政府はロシアに対し石油供給を依頼していますし、過去にロシアと強い結びつきがあったインドも中国も、表立ってロシア側に立ってはいませんが石油・ガスが高騰した今、ロシア産資源の割安輸入が可能になってホクホクというところでしょう。ジャーナリスト殺害に関連してサウジアラビアを非難していたバイデンの民主党政府は、過去に目をつむりサウジを訪問して石油増産を要請するとの事。国際政治はそれこそ奇々怪々なのです。

話を元にもどしましょう。今回の選挙ではどの政党も似たり寄ったりで分配重視の姿勢が強かったように思います。中には消費税やガソリン税を廃止し、子育て支援で毎月3万円交付など、極端なばらまき政策で議席を獲得した政党もありますし、Qアノンの陰謀論に似た反ワクチンを主張して議席を獲得した政治団体(この団体は今回の選挙で政党要件を満たしました)もあります。要するに、冒頭に述べた財政赤字をどうするのか、落ち込む一方の日本の経済力を回復させるために必要なイノベーションをどう創発するかなどの重要課題は、争点になっていないのです。

超高齢化社会の日本は、経済成長率だけではなく人口問題でも喫緊の対応をせまられています。2021年度の合計特殊出生率は1.30で、今のまま行けばアガサ・クリスティではありませんが3300年には日本列島に誰もいなくなります(世相放談6月8日参照)。だからといってある政党の公約のように、毎月3万円貰えるから子どもを産み育てようと思う人がいるとは思えません。結婚をしない人を含め、人々から夢を“奪った”結果が1.30という数値なのではないでしょうか。翻って見れば今回の選挙で、未来に夢を持てる政策を語った党や政治団体があったでしょうか。私はなかったと思います。そこで以下、お爺さんの夢物語。

皆さんは“国家百年の計”という言葉をお聞きになったことがあると思います。原典は中国の菅子の一節、「一年之計莫如樹穀 十年之計莫如樹木 終身之計莫如樹人」で、国家を興隆させようと思えば教育を重視しなければならないと説いています。これも以前、どこかでぼやいたような気もしますが、GDP比率でみると日本の教育機関への支出はOECD32か国中最下位で、百年の計を勘案した文教行政であるとは思えません。

各論を展開していると長くなりますのでいきなり結論。大学院も含めてすべての教育を無償化すれば、子育て負担は思いきり軽減されます。貧富による教育格差はゼロにはならないと思いますが、すべての子どもたちにはほぼ平等な機会が保証されます。教育の中身に関してはいずれ稿を改めてぼやくことにしまして、飛び級ありの落第あり、森の幼稚園ならぬ下町の寺子屋から村の鍛冶屋ならぬ各種専修学校。giftedを対象とした超エリートコースや全寮制学校など、家庭の経済状況に関係なく子どもたちの学びたいという気持ちを受け入れられる環境を整備する。このような施策が若い人たちの希望に繋がるのではないかと思いますが、如何?

無論、大学までの教育は終了と卒業に分けられ、今の高校や専修学校以上のコースは終了と国家試験合格を要件とする卒業に分けられ、子どもたちは必要に応じて選ぶことができます。要するにゆりかごから大学卒業まで、国家が面倒を見る訳です。その代わり、食料品・生活必需品以外の物品消費税はとても高くなりますよ。覚悟してネ!


低下する円の価値、高騰する物価、漂流する政治

参議院選挙の真っ最中ですが1$が136円、円安の進行が止まりません。日銀は現在、-0.1%の金利政策を継続していますが、日米金利差の拡大に加え日本のLNG輸入の10%を占めるサハリンからのガス供給が、プーチンの大統領令で打ち切られる可能性が出てきたとか。いやはや、恐ろしい状況になりつつあります。

長野県は内陸県なのでガソリン価格は元々高いのですが、先週満タンに給油したら1万1千円かかりました。今現在、トラと二人?なので買い物は原則2日に一回。しかしその一回で5千円以上かかる時もあります。家計簿をつけているわけではないので具体的に何がどうとは言えませんが、明らかに昨年よりは一回に支払う金額が増えているような気がします。日銀の黒田総裁が6月6日に、家計の値上げ許容度が高まっていると発言し叩かれましたが、一貫して円安を誘導する政策をとってきた政府・日銀の政策は果たして正しかったのでしょうか?

私は経済は門外漢なのでこういう見解が正しいか否かはわかりませんが、今、仮に日銀が金融引き締め(+金利)の方向へ舵を切ったとすると、湯水のように発行してきた国債に金利支払い義務が発生して、政府はその金利を支払うために国債を発行しなければならないというタコ足になるのであろうことは、トラにでもわかります。とにかく政府総債務残高(対GDP比)は2021年度世界第2位(263%)で、アメリカやシンガポールのほぼ倍の赤字財政なのです。ちなみに韓国は119位、対GDP比49.77%で日本と比較すれば健全な財政です。どうしてこういう状況に陥ってしまったのでしょうか。私見ですが、政権与党が国民ではなく企業を見ていたからです。その意味で公明党は、見事に補完役割を果たしました。

2013年から始まったアベノミクスを簡単に要約すると、日銀の異次元金融緩和政策で日銀券をどんどん印刷して円安を誘導し、企業に利益を上げさせ株主に成果を還元するものでした。90円で輸出していたものが120円になると表面上利益は30円増加します。経営者はイノベーションを起こさなくても利益がどんどん増加するわけですから名経営者と評価されますし、株価が上昇することで株主にも恩恵がありました。また、企業利益を税収として回収できるため、政治家もいかにも何か偉大な政策をなしたかのように評価され、そこに“忖度”が発生して至る所で円安現状維持こそが至上命題化してしまいました。こうして日本は変化を嫌う(あるいはしない)国になってしまいました。

確かにMMT(現代貨幣理論)では、政府は財政赤字になってもその分自国通貨を印刷すれば赤字が埋まり、だから理論的には政府の倒産(つまり債務不履行)はあり得ないらしいですが、現実はそううまくはいかないでしょう。例えば日本の食用油脂類の自給率はわずか3%。今、料理に欠かせない食用油類が何度も値上げの対象となっています。マクドのポテトも湖池屋のポテトチップス、その他お菓子類も値上がりがきついですが、それは食用油脂類の値上げが響いてきているからです。

日本の貿易決済は円建てが2割、残る8割はドル建てと考えたらいいでしょう。となると食用油脂類を輸入した場合、基本的にドル決済になっているはずです。今までなら1単位購入で100円払えばよかったものが今では137円になり(6月29日)、年末には150円に、更に次年度には200円になれば1単位購入に2倍のお金を支払わねばならないことになります。これがどんどん進んで行けばあっという間にラーメン一杯が1万円の価格に。要するにハイパーインフレです。日本も戦後1946年に時の幣原内閣によって俗にいう新円切り替えがおこなわれ、それまでの紙幣が使えなくなってしまいました。子どもの頃両親から、新円切り替えで持っていた戦時国債の価値がゼロになった話を聞いたことがありますが、私はハイパーインフレの可能性ゼロではないと思っています。

元首相は日銀は政府の子会社であるといい、自分の名を冠したアベノミクスはまだ道半ばと強弁しているようですが、彼がおこなったことは“ワニの口”を広げただけであると思うのは私一人でしょうか。今月10日投票の参議院選挙には15の政党・政治団体が名を連ねていますが、政党補助金ができてから日本の政治がでたらめになったと思うのは、私一人でしょうか?政党補助金を廃止し、昔のように個人の党費・献金に切り替えたら、少なくともNHK党なんてのはなくなるでしょう。NHKの視聴料と国政課題はどう関係するのでしょうか。馬鹿も休む休みにしろと言いたいです。

という訳で何度も“私一人でしょうか”とつぶやいた愕然和尚は、生まれて初めて投票権を放棄します。やってられん!


ステルス化を進行させる「カオナシ」現象(3):スマホ依存症とシンギュラリティ

マスクが個人のIDを壊し、スマホ依存が人間の考える力を奪っていると思うのは私だけでしょうか。皆さん、先刻ご承知のことと思いますがシンギュラリティという言葉があります。AI(人工知能)が人間の知能を追い越し、人々の生活が一変するであろうことを示唆する言葉で、「技術的特異点」と翻訳されますが時期は2045年と予測されています(Ray Kurzweil, 2005)。実際にはもっと早いという説もありますが、後述する理由で私も早くなる方に一票を投じます。

近代の社会科学は生命が創り出した社会をシステムとしてとらえ、生命同様に進化するとと考える今の思潮は、愕然和尚の禅的発想とは全く相入れないのですが、ま、ここは知能も知性もシステムも、全て一緒くたにしておきます。そこで以下、私の独断と偏見で論を進めます。

誰も言いませんがシンギュラリティとIoT(Internet of Things)は、コインの裏表の関係なのです。今ではスピーカーに話しかけると家電が動いたり、エレベーターボタンに指を近づけるだけで行き先階が指定できたり、レベル3(運転者はそれこそスマホでゲームをしながらハンドフリー)の車が販売されたり(ホンダ、REGEND)しています。確かにインターネットと繋がると人間が現場で対象を操作する必要がなくなるわけで、これからもIoTは進化し続けていくでしょうし、スマホはますます便利になって友や伴侶以上の存在になるのでしょう。友や伴侶とは別れることができますが、スマホをもたなければ生活そのものが成り立たない事態がすぐそこに来ているのです。私は人々のスマホ依存がシンギュラリティ成立の時間を速めていると思います。

手塚治虫先生は好んで時空を超越した世界を描いていましたが、「火の鳥」は圧巻でした。その「復活編」はまさにシンギュラリティ到来後の世界で、人間とロボットが共に働く社会が描かれています。手塚ワールドのロボットは極めて人間的で感情をもっていますが、「復活編」のチヒロという女性名のロボットも、やはり感情をもつ存在として描かれていて、交通事故で死んだのですが蘇生手術で生き返り、脳の大部分をAIに置き換えられたレオナという人間の若者と恋をします。

それはそうとして恋というのは人間の、しかも若い人の特権です。しかし「カオナシ」の時代、しかも社会的距離を保たなければならない今、誰かと恋に落ちることは難しくなっているのではないでしょうか。政治家は、恋に落ちなくても結婚は出来るし手厚い育児休業や手当で子どもが生まれてくると考えているのかも知れませんが、出会いもなく顔も失せてしまった現在、少子化はますます進行していくでしょう。失われた10年にならなければいいのですが。お爺さんの心配の種は尽きません。


ステルス化を進行させる「カオナシ」現象(2):マスクの弊害

2000年2月3日を最後に、私が関係するすべての会議はZoomでおこなわれていましたが、6月9日に2年4か月ぶりで対面での会議があり、上京しました。会場へは東京駅で中央特快に乗り換えが必要で、新幹線改札を出て歩き始めましたが途中で方向がわからなくなり、立ち止まって行き先案内の吊り看板を眺めました。新幹線中央改札口から直進すれば1番線ホームのエスカレーターなのですが、それが思い出せなかったのです。2年半という時間の長さを実感した瞬間でした。

それはさておき、丁度いい機会だから町中のノー・マスクの人数を数えようと思い立ち、朝の京都駅烏丸口からカウント開始。乗車は8時13分ののぞみですから、通勤通学の人たちであふれていますが、京都駅では全部で5名を確認しました。東京着は10:24分。駅構内で中年男性が1名、下車した市ヶ谷駅で若い女性が1名、帰りの中央特快車内で若い男性が1名、東京駅構内で中年男性が1名、下り新幹線ホームで60代の男性が1名の計5名でしたが、この男性は私と同じのぞみに乗車したので、関西人かも知れません。

京都駅には15:08分に着き、再びカウント開始。バスの一番後部座席に座って窓の外を見ながら自転車に乗っている人のノーマスクも含め、色んな年齢の人の観察ができましたが、自宅最寄りの近衛通バス停で下車までの間に28名の確認が出来ました。朝と併せて京都のノー・マスク合計は33名でした。無論、母集団の数が特定できませんので統計的には有意差なしですが、実は密かにホッとしました。京都人は集団の同調圧力に負けていないと思ったからです。

ご承知のように、文化的な社会集団には個人の思惟に重きを置く個人主義と集団の思潮に重きを置く集団主義があり、前者は個人の自由度が高いが後者は制限される傾向があると言われています。アジアの文化、中でも日本人は集団主義的で他者との同調性を重視するとされていますが、私は仮に日本の文化特性が集団主義であるとしても、そこにはかなり地域差があると思っています。

京都には売り上げが一兆円を超す企業が4社(京セラ、日本電産、村田製作所、任天堂)ありますが、生粋の関西弁でお話しされる日本電産の永守重信さんはエジソン同様、失敗することの効用を強調しています。つまり人と違ったことをしなさいというわけで、これは個人の思惟に重きを置く考え方です。最近では松下電器と言っても判らない方が多いでしょうが、パナソニック創業者の松下幸之助さんも、失敗を恐れず何でも「やってみなはれ」だったと伺っています。集団ではなく個人に重きを置く、つまり個性を生かしなさいとの勧めです。

こんな乱暴な仮説はブログだから許されると思いますが、関西人や名古屋圏の人たちには反骨というか自分の価値判断に従って行動する傾向があるような気がします。例えば“大阪のおばちゃん”です。外目には「品がない」という印象を与えるトラ柄のファッション(これには阪神タイガースも絡んでいると思いますが)とか見知らぬ人に飴を配るとか、まぁ自分がいいと思ったことに忠実?なのが大阪人というか関西人。関西人と一括表示すると“着倒れ”の京都人は、大阪のおばちゃんと一緒にせんといておくれやすと心理的抵抗があると思いますが、ここで強調したいことは関西人のもつ自律の精神、あるいは多数に「なびかない」姿勢ですのでお見逃し下さい。

話を元に戻します。私は子どもの頃、先生に反抗して問題児といわれたことがありますが、日本の学校教育では先生のいうことを素直に聞く子が“いい子”だったと思います。ところが最近では子どもがマスク顔になれてしまい、外してもいいよと先生が言っても外さない子どもの方が多いという報道があります。子どもたちの間にはいい子ノルム(規範)ではなく、カオナシ(アノニマス)であることの“楽さ”が意識されているようなのです。

カオナシは『千と千尋の神隠し』のキャラクターですが、宮崎駿監督は「カオナシは誰の心にも存在する」と語ったとか。巷間、これは人間の欲望を象徴したものだと解釈されているようですが、なるほどごもっとも。映画のカオナシはその時々で自分の感情を行為として表しますが、マスクをかけた現代のカオナシたちは目を除いて表情をなくし、感情を隠蔽する手段を手に入れてしまいました。ガソリンを撒いて24名の犠牲者を出した大阪の心療内科放火殺人事件の谷本盛雄容疑者も、当然マスク超しに面接を受けていたはず。こうして心や感情はステルス化されていくのです。

これも今となってはWikipediaを参照して頂くしか方法はありませんが、テレビ朝日の日曜洋画劇場の解説者として32年間活躍した淀川長治さんのセリフ、「怖いですねぇ、恐ろしいですねぇ」で、この項を閉めましょう。


ステルス化を進行させる「カオナシ」現象(1)

5月末から6月にかけて、各地の学校の生徒たちが体育祭の練習中に熱中症で倒れ、集団搬送されたという話がTVで度々報道されました。政府は最近、2m以上の距離がとれる場合や会話をおこなわない屋外ではマスク着用の必要はないと広報していますし、長野県庁はマスク必要なしの通達を全職員に出したそうですが、町を行き交う殆どの人はマスク着用です。私の散歩コースの吉田山緑地公園内でも、皆さんマスクをしていらっしゃいますし、自転車に乗っている場合でもマスク着用スタイルが定着しています。

私は心臓大動脈に90%の血栓が2カ所見つかっていますので、バス車内やお店の中ではマスクをつけますが、外に出たらすぐに外します。要するに路上にいるときはマスクは外しているのです。しかしある調査会社の調べでは、コロナ渦が収まった後もマスクを「必ず」と「できるだけ」使うと回答した人が合計で54%にのぼるとか。不安障害や身体醜形障害、極度に低い自己価値観の持ち主が5割もいるとは思えませんので54%という比率は、ジブリの「千と千尋の神隠し」にでてくる「カオナシ」のように、自分をアノニマス(無名)化してしまいたいと思っている人が多いことを示しています。私はこの現象をステルス化とよんでいます。

SNSの匿名投稿はタレント木村花さんの自殺で問題になり、ひどい誹謗中傷を繰り返した人物が起訴されましたがこれは例外で、要するに自分の存在を明確にしないから何でも言いたい放題で、責任をとろうとはしません。池袋暴走事故で家族を失った松永拓也さんに対してtwitterで誹謗中傷を重ねた人物も特定され、書類送検されたとか。このようにインターネット上の誹謗中傷を匿名でおこなう人たちに対して新しく「侮辱罪」が設けられ、「1年以下の懲役・禁固または30万円以下の罰金」という実刑判決対象とする法律が今国会で成立しました。しかしそもそもそういう行為をおこなう人たちは法律自体を知らなかったり無視する傾向が強いので、学校における人権教育の強化が必須でしょう。この事は新聞論調も含めて誰も言及していませんが。

それにしても今の世の中、Facebookは一応実名発信のようですが、TwitterやLINEを始め動画系のTikTokやYoutubeなど、全て匿名が原則。要するにSNS、つまりソーシャルメディア・ツールではその全ての発信者がハッカー集団同様、アノニマスであることが許されているのです。カリスマ(これもよくわからない言葉です)が、メーカーからギャラを貰って商品販売につなげるInstagramでは本人が顔出しをするようですが、これも絶対に顔を出さなければならないということでもないそうです。

世の中、このような一過性のSNSであふれかえっていますが、未だにガラケーの私はこの中のどれにも縁がありません。孫からデジタル難民といわれているお爺さんはfade awayするのみ。とにかく、もうついて行けません。トラちゃん、仲良くしようね!


そして誰もいなくなった

6月4日土曜日、新聞各紙の一面は厚労省発表の合計計特殊出生率の記事でした。出生率が1.30を割り込む状態が続くと2340年の日本の人口は100万人、2966年10月5日に最後の子どもが産まれ(東北大学子ども人口統計)、3300年には日本列島には誰も住んでいない状態になるそうです。

なぜかこの問題、先読みの鋭いイーロン・マスクが2022年5月9日にツイッターで取り上げていたみたいで、長くなりますがここに引用しておきます。

At risk of stating the obvious, unless something changes to cause the birth rate to exceed the death rate, Japan will eventually cease to exist. This would be a great loss for the world.

(訳:日経新聞 「当たり前のことをいうようだが、出生率が死亡率を上回るような変化がないかぎり日本はいずれ存在しなくなるだろう。これは世界にとって大きな損失となろう」)

ちなみに彼は韓国についても言及しており、この出生率が続けば3世代内に現在の6%以下の人口に急減し、そのほとんどが60代以上になる(5/25日)とも投稿しています。

政府は2023年に「こども家庭庁」なる組織を立ち上げ、子育て支援を充実させていく方針とのことですが、どんなに手を尽くしても若い人たちに将来の希望を与えることができない限り、事態は統計予測通り進行していくでしょう。未婚女性の4人に1人が「結婚せずに仕事を続ける」、もしくは「結婚しても子どもをもたず仕事を続ける」と答えているのですから(出生動向基本調査、2015年)。

どうしてこのような事態に立ち至ったのでしょうか。識者はいろいろな解説をしますがなんにも仙人は、リアリティがバーチャル空間と一体化したことでリアリズムが崩壊したことが原因と考えています。現実社会で自分の夢を実現させようとすれば様々な困難を乗り越えていかなければなりませんが、アバターに変身可能なバーチャル世界では、条件の操作によっていくらでも未来を変えることが出来ますし、なによりも自分の行為に社会的責任が伴いません。

こんな便利な世界に住んでいる若者(御免なさい。人口問題を論じるので爺婆では話がつながらないのです)に、苦労をして自分の人生を切り開きなさいなどといってみても、効果はないでしょう。それよりも如何にして国の交付金や給付金、あるいは高齢者から金をだまし取るかに注力した方が、スリルと実益が得られると考える若者(だけではありませんが)が増えるのは当たり前。結婚して子どもを育てるというのは地道な努力の積み重ねですし、二人以上の人間関係ではお互いの意図の食い違いや感情摩擦が起こるのは当たり前ですが、バーチャルリアリティではそういう事態は発生しません。繰り返しますが、条件操作をすれば全てが変わるのですから。

地球環境問題もそうですが、私は現世人類は種としての生存の終わりに近づいているのではないかと思っています。どの文献だったか忘れましたが、高等脊椎動物の種としての寿命は500万年説がありました。無論、進化という視点に立てば別の種に置き換わっていくわけですし、子どもは人工子宮で量産されロボットが育児を担当するようになるかも知れません。なにはともあれ家族の中で子どもが産まれ、社会の中で育つという今のあり方の維持が難しくなってきていることだけは事実のようです。

幸いなことに、私個人としての寿命の終わりが近づいていますのをこれ幸い、ノーテンキに余生を送ります。スマホももたない爺さんは、笑うしか手がない。ワハハハハ


京都人は冷たい?

連休中も飯田にいましたが、今週はまた飯田の山の中にいます。こちらに来ると朝2時間くらい散歩をします。連休中には、それぞれのお家の前に各地ナンバーの車が停まりますので、皆さんどこからお越しかがわかりますが、今はすっかり静かになりました。もちろん京都ナンバーは我が家だけ。殆どが東海三県、中でも名古屋・岡崎・尾張小牧・一宮など、愛知県ナンバーが断トツです。

飯田での生活も今年で9年目。かなりの方々と顔見知りになりましたが、散歩の途中で顔を合わせ、初めてお話しする方もまだいらっしゃいます。今年も、車が止まっているのは良く目にするのですが、実際にお会いするのは初めての名古屋の方にお会いしました。私が自宅は京都と自己紹介すると、いいところですが夏はねぇと、京都の夏の暑さはよくご存じ。名古屋も暑いと思いますが海風が入るのでしょうね。

その点京都は盆地で、いわゆるうだるような暑さです。特に祇園祭が終わり本格的な夏に入る1週間、湿気が抜けるまでが大変。私は学生時代、中京区に住みましたが当時はエアコンなどありません。いわゆるパン一で窓を開けて寝ていました。無論、大学が夏休みに入ると即刻、綾部の寺に帰りました。

その方とお話をしていると、東京の知り合いが京都に憧れ、20年ほど前に移住したが伊豆に転居した由。理由は、京都の街はいいが、人が冷たいから住みにくいとのこと。以前勤務していた大学の同僚から、京都人というのは西陣を中心に下京・中京・上京に生まれ三代土着した人をいうのであって、丹後・丹波生まれなどは馬の骨といわれたことがありますが、それは納得。ところで良くいわれるのが、“ぶぶ漬けでも食べといやす”という京都の言葉の裏に“早く帰れ”という皮肉が隠されているという京都人“いけず”説ですが、私は鈍感なのでしょうね。そう言われたら、“おおきに、ほな頂きまひょ”という質ですから、冷たいと思ったことはありません。

そういう次第ですので、同志社大学学長や総長を歴任された故・松山義則先生のお宅を始め、様々なご家庭に随分ご迷惑をかけました。反省だけならサルでも出来る!ごもっとも。

追記:4月16日に松山先生の奥様の納骨がおこなわれました。ご遺族の方から連絡を頂きまして立ち合いましたが、その折に奥様に改めてお詫びとお礼を申し上げておきました。


SDGs

最近、SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)という言葉をよく耳にします。目標の中には地球環境や自然環境に対する配慮が含まれていますが、今、シベリアでは“ゾンビ火災”と言われる自然発火の火災が広がり、凍土が溶けて大量のメタンガスが大気中に放出されているようです。

例年だとこのような火災には軍が対応しているそうですが、ウクライナ侵略に動員されている今年は燃えるがまま。緑が燃えてしまうと大気中の二酸化炭素の吸収源がなくなりますので地球の温暖化が加速します。またシベリアの火災では凍土が溶けてメタンガスが大気中に放出されますし、北極圏の氷の溶解が進み、ホッキョクグマは絶滅の危機に直面。SDGsもヘチマもなくなりそうです。

今年はブラジル大統領選挙の年。ボルソナロ大統領の施策はアマゾンの熱帯雨林を破壊してきましたが、返り咲きを狙っている左派のルーラ元大統領時代にも熱帯雨林は大量に破壊されました。特にルーラ氏が大統領に就任した2003年には25,396平方キロ、翌2004年には27,772平方キロと、群を抜いた面積が焼失しています。日本との比較でいえば2年間で、岩手・福島・長野・新潟4県分が失われた計算になりますが、貧しい人たちのアマゾン入植を積極的に進めた結果、熱帯雨林破壊に繋がったというわけでしょう。

インドネシアやマレーシア、タイなどのASEAN諸国の熱帯雨林も破壊され続けています。ボルネオ島のオランウータンも生息域が分断され、個体数は80%減。これらはすべてパーム椰子栽培のためです。極端な表現をすれば、湖池屋のポテトチップスが東南アジアの熱帯雨林を破壊しているのです。

インドでは、122年前に記録を取り始めて以来初めてとなる熱波の襲来を受け、連日50度を越す高温が続き、降水量は前年比99%減というすさまじさ。シベリアの火災は偏西風によってアメリカ大陸に影響を与えますから、今夏は再び、西海岸で大規模森林火災が発生するでしょう。私たちが爪に火をともすように環境への配慮を払ったとしても、このように地球規模の環境破壊は『どうにもとまらない』。だからリンダ、『こまっちゃうナ』。(平成以後にお生まれの方はWikipediaをご参照下さい)


妥協ということ

今年の連休は飯田にいます。26日からの大雨で上高地では土砂崩れが発生しましたが、伊那谷は無事でした。地球温暖化は大気の循環を増幅させ台風が大型化し、あるいは低気圧が線状降水帯をつくり出して、自然災害は増加の一途です。大規模災害はいつどこでどのように発生するかわかりませんので、いざという場合に備え生活拠点を2か所持つことが必要なのかもしれません。

それはそうとこの原稿を執筆しているのは5月2日21時。夕方5時からストーブを焚いていますが室温は19度以上に上がりません。先週は全国各地で夏日だったのが嘘のようです。草取りや花壇の植栽、庭木の手入れとかいろんな作業がありますので、寒いのが好きな私にとっては好都合ですが。

ところで皆さんはダケカンバやシラカバの花の形、ご存じでしょうか。私、初めて見たときは毛虫と見間違いました。動きませんから毛虫でないことはすぐに分かりますが、薄茶色で長細くて不気味な形。これらを含め、斜面や芝生の庭に落ちる花の軸などは手で拾うより仕方なく、庭先に一本生えている自己主張の強い杉の落ち葉と一緒に燃やします。ヒノキはさほどでもありませんが、杉の葉は存在感が強いと思うのは私だけでしょうか?

6月半ばから9月末までは飯田に常駐(?)しますが、それ以外は京都といったり来たり。苫屋を半月も空けると雑草は、生き生きとその存在を主張しています。雨の降った翌日の早朝など、太陽の光が当たって水滴がキラキラ光り、ダイヤモンドの輝きを見せます。生きていることは雑草であろうとも、かくも素晴らしいことなのです。逆に落ち葉や枯れ枝は「美」とは反対で、輝きを無くした「醜」の存在。だから禅は、死を「無」と教えるのでしょう。色即是空空即是色で「無」は「有」でもあるのですが、それは修行で得られる境地。

せいぜいが300坪ほどの庭なのですが、そういう訳で禅寺の庭に比較すると乱雑なことこの上なし。「にわにはにわにわとりが」ではありませんが、雑草や落ち葉を取り除いたと思ってもまた別の落ち葉や雑草が。どこかで妥協せざるを得ません。まるでわが人生のようだわぃと、ため息一つ。

“法~ぉ”(雲水の托鉢時の声です)


行雲流水

今、世界は全体主義国家と民主主義国家の2つのグループに分かれ、それぞれが衛星的に小国家を引きつけ、二つの価値観が相克しています。特定の個人や党派によって支配される全体主義は、各論や異論を認めない、国家による情報の一元的統制を一つの特徴とします。国民全体を一つの方向にもっていくためには、個人の自由意志は邪魔だからです。

折しも、人口2500万人の中国上海において、ゼロコロナ政策を貫徹するために都市封鎖がおこなわれていると報道されています。政権トップの面子のためには市民の自由意志は無視しても全く差し支えなく、官僚や軍・警察などの権力維持機構の面々はトップの気持ちを忖度し、羊を追い立てる牧羊犬のように人々を追い立てる、そういう国には住みたくないなと思います。ロシアや中国ほどひどくはないものの、日本も一時、忖度でやりきれない思いをしたことがありましたが、権力は周辺にそういう人たちを集めるのでしょう。

私は仏教徒として育ちました。父からは、生きとし生けるものはそのすべてが仏性をもっており、死ねば皆仏と教えられてきました。子ども心に「仏」というのは便利な言葉だと思いましたが、禅では天国も地獄もなく悉皆成仏、つまり「死」は「無」に帰することであると教えるのです。正確には輪廻からの解放と涅槃の世界を示していますが、煩悩をもっているとそれに惑わされるのでこれを捨て、身軽になって旅立ちましょうと教えます。また、生産に携わっていない私たちが生きていられるのはお仏飯のお陰なので、檀家の方々を含め有縁無縁の人々に常に感謝しなさいとも教えられました。

「宇宙無双日 乾坤只一人」という禅語があります。太陽が一つであるように、天地の間にはわれ一人があるよと教えます。人間はかけがえのない存在だと教える禅には、権力者の意図が忖度される全体主義やQアノンのような陰謀論が存在する余地はありません。精神は自由なのです。私の反権力、長いもの嫌い、少数派尊重、多様性容認の考え方はこうして形成されてきました。

私の煩悩からの解放、涅槃への旅立ちもあと少しの時間です。合掌


ストックホルム症候群

ウクライナのマリウポリが、今日明日にも陥落しそうです。ロシアは投降すれば命は保証するといっているようですが、保証はありません。キーウ近郊のブチャでは多数の民間人の遺体が見つかり、国際刑事裁判所(ICC)がジェノサイド疑惑で捜査を始めたそうですが、仮にそれが立証されたとしてもロシアは非加盟国なので罰則を適用することは出来ません。また、ロシアのウクライナ侵略に「ノー」を突きつけている国は世界人口の1/3、中立が1/3、侵略の口実に賛成する国の人口も1/3とのこと。世界は複雑ですね。

ただ、マリウポリが陥落するとドネツク全体がロシアの支配下にはいり、住民たちは全体主義国家の管理下に置かれます。全体主義で欠落しているのは個人の自由意志の尊重。占領地では既に、住民のスマホの履歴を調べて親露・反露の選別をしている(らしい)との話も聞こえてきます。反露勢力との接触があればすぐに徴兵され、訓練もなしに前線に送られるとか極東に移送されるとか?ロシア側にいわせればこういう情報は。西側のつくり出したフェイクであるということになるのでしょうが。

タイトルのストックホルム症候群というのは、1973年にストックホルムでおきた銀行強盗人質立てこもり事件で、被害者である人質が犯人に協力する行動をとり、解放後も犯人を庇い警察に非協力的であった事例から名づけられたもので、いつの間にか被害者が加害者に共感してしまう現象をいいます。情報が国家統制され、一方的な情報しか与えられていないロシア国民は、いつの間にかプーチンに強く親しみを感じているようです。それが83%という世論調査の支持率です。情報統制というのはそこまで効果的で、人の自由意志を破壊します。

孫に言わせると、lineもSNSもYou TubuもTwitterも利用せず、スマホも使わない私は生きた化石らしいですが、自分の自由意志を最優先に、情報に接するようにしています。このブログは事務委託先に依頼して配信して貰っていますが、皆さんの意志決定に介入する気は毛頭ありませんので、着信拒否もありです。よろしゅうに!


いそがしい仙人

私が時に愕然和尚と称することは先回お話ししましたが、「なんにも仙人」と名乗ることもあります(12月1日ブログ参照)。飯田の山中(標高900m)の“ネコと爺ちゃん”暮らしを自虐的に表現した(と、本人は思っています)ものです。苫屋は中央高速飯田インターを降りてすぐに山の方へルートをとり、10分も走れば到着する至便な場所なので定住の方々も結構いらっしゃって、田舎暮らしが楽しめます。

今年は飯田高原も雪が多くて道路には1m程の雪の壁が出来たそうですが、11日に来たときにはさすがに融雪していました。雪が溶ければ出てくるのがスミレや雑草。特にスミレが悩みの種です。こう言うと、“かわいい花なのに”という答えが返ってきますが、それは小川の隅にある場合。元々は緩斜面だったところに土を入れ、芝生を植えましたのでその中に点在するスミレは自己主張が強く、目障りなことこの上なし。私にとってはウクライナにおけるロシア軍のようなものなのです。ゲリラ戦に出てくるのはスミレの方ですが。

もう一つ厄介なのが「ミチタネツケバナ」という早春の雑草。スミレの種もはじけて遠くに飛びますが、タネツケバナも触った途端にはじけて飛びます。ですからそうならない前に抜いてしまわないと手に負えなくなります。苔も厄介者です。小さな谷川を挟んで西に杉林がある芝生の庭は、夏でも3時には日が陰ります。西日が入らない環境が購入を決めた動機ですが、これは苔には絶好の環境。という訳で、芝生に撒く肥料を糧にいつの間にか居着いてしまいました。

こういう環境ですから午前中は草引きでスクワット。草引きや掃除は、禅宗では作務といいますが、修行の一つと考えられています。無心になれるからです。根おこし片手にスミレやハルジオン、ミチタネツケバナや苔を引き抜いている時はウクライナの悲劇を忘れることが出来ますが、日暮れて道遠し。悟りには行き着きそうにありません。 犠牲者に 合掌!


【4月になりました】

私は極端な汗かきなので夏は大の苦手ですが、もう一つ苦手な季節があります。3月~4月、花粉の飛ぶ季節です。2020年春、日本におけるCOVID-19流行の初期、乗り物の中で立て続けにクシャミが出たときの用意に、「花粉症です」と書いたA4版のラミネートフィルムをリュックに忍ばせていました。知人に見せたら笑われましたが。

花粉症は60歳を過ぎてから始まりました。老化による免疫機能低下(Immunosenescence)が原因でしょう。幸い私の場合、ネコはアレルゲンではなく、スギ・ヒノキ・カモガヤ花粉への反応なので、膝の上で寝ているトラは無実。信州飯田の苫屋の隣は杉林ですし、敷地内にはヒノキも3本ありますが出かけるのは4月始め。都会のコンクリートジャングルのように、常に花粉が舞い上がっていることもないのでしょう。飯田では治まります。

ところで私、実家が寺でしたので学生時代、本山の南禅寺でおこなわれる安居会(あんごえ:集団修行)に3年間通い、僧職に就く為に必要な最下級の資格を取得しました。寺を継ごうと思えば最低でも1年間僧堂で修行する必要がありましたが、取りあえずということでした。ですから舜哉(しゅんさい)和尚でもあったのです。しかし父が隠居をして後任の住職に入山して貰った時に、資格を本山に返納し還俗しましたので今ではただの人です。が、時に愕然和尚と名乗ることがあります。

この、冗談法名には理由があります。今回のロシアによるウクライナ侵略もそうですが、とにかく世の中には唖然としたり呆然となったり、はたまたあまりの驚きに愕然とすることが多く、最後の強く驚くというニュアンスの愕然を借りた次第。

という訳で協会HPに連載していたこのブログ、今回からは、「愕然和尚の世相放談」のコーナーに掲載します。無論、発達相談に関する短いエッセーは従来通り「あゆむ」の枠で掲載します。協会の活動内容をお知り合いの方々にもご紹介いただき、講座への参加や様々な発達相談を寄せていただければ有り難いなと思っています。お恥ずかしいことですが、寄ってくるのは貧乏神ばかりで協会の財政は火の車。個人寄付で運営していますので、ニッチモ&サッチモなのです。所詮、聖者も坊主も金には縁がありません。ワハハハハ。

(2022年4月掲載分)